私の夢であった自動車です。

私の夢であった自動車です。
私の夢と幸せであった自動車の発展究極形です。自動車大好き人間は、一度は世界最速の自動車の所有者になりたいと思います。しかし、現実は、金銭はなく、所有がダメですが、中古車を購入すれば、簡単に叶います。世界最速の自動車は、私が子どものころに進駐軍の兵士に乗せてもらった、ジープが原点です、温故知新で叶いました。自動車の運転は、法律に従い遊ぶ、文武両道の極みです。私の物事は、全てが一点を基準にして、物心両面、文武両道そして温故知新の思い出がありますが、幸せをさらに求めて、日本人が不可能で見ることも考えない、自動車の背面に鏡を設置した理由は、金庫の修理で米軍基地に行きました。MPの乗ったjeepの先導車の後部に「大きな鏡」と「FOLLOW ME」の看板ありました、私は、昼間であってもヘッドランプを点灯して先導車の後を追った、思い出と模倣・・私の画期的な趣味と小細工でしょう。こんな私です。こんな小細工のできることもある程度の固定資産と不動産があるためです。

2011年7月31日日曜日

人間の幸せとは、なんだろ~

昨日は、私が文章で日本人が嘘つき人間集団であるとご説明。

今日は、東京大学を卒業した原子力発電所関係者が発行した
パンフレットで証明です。

これほど、真実なことは、ありません。
犯罪の証拠で自供です。


私が日本の原子力発電所の悲劇の原点は、日本人が
技術面で神様と思うドイツ人でさえ、
鉱石運搬船「オットハーン」の原子炉を3機試作建造したが、
うまく稼動せず断念しました。

皆様は、常にドイツの後塵を拝する日本人は
ドイツが原子力エネルギー発電を断念したことに対して、
日本人が完成できると思いますか?

日本人は、不可能なことでも「千里の道も一歩から」とか、
毎日散歩やラジオ体操をすると「100歳」まで元気に人助け、
生きることが出来る・・途方もないこと考え、言い出すことが悪。

究極は、失敗は成功の元とか言いますが、
成功するまでに要する年月は?年ですか
要は、言わぬところが、味噌醤油です。

文化系の日本人は、大日本帝国軍人、親の七光りで医師の軍医
そして言葉を操り金銭を得る小説家の森鴎外さんに憧れて、
要は、現実の反対のことを曖昧模糊と美辞麗句でボランティアの
オブラートに包んで、情報を発信すると「だれかさんと同じ」で
すぐに有名人です。

日本人の幸せなんて、こんなもの・・
私は、日本人の幸せとは、なんだろ~と考えます。

日本人の気持ちは、すべてが、農耕民族に由来して、
すべての物事は「時間が解決」する気持ちが、アリアリです。

皆様は、私が添付したパンフレット2行目にご注目。
昭和43年11月に原子力「むつ」の船体部起工とあります。

船体部は、戦艦大和や武蔵で敗戦前に建造経験済みです。
建造したメーカーは、石川島播磨重工株 東京第2工場です。  

ならば、私は、原子力船「むつ」の原子炉を建造した、
日本の大企業と想像する製造メーカーがどこですか?

不明であるが、人間の子どもの誕生に喩えると、
できっちゃた~・・問題児は殺せで、すぐに、解体。

皆様は、日本人の知能と技術力が「嘘の結集で物体」と
思いませんか?

私は、主義主張の通り、「日本人は嘘つき人間の
寄り集まりの集団」で、何を仕出かすか?
分っからね~ぞ~・・です。

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