私の夢であった自動車です。

私の夢であった自動車です。
私の夢と幸せであった自動車の発展究極形です。自動車大好き人間は、一度は世界最速の自動車の所有者になりたいと思います。しかし、現実は、金銭はなく、所有がダメですが、中古車を購入すれば、簡単に叶います。世界最速の自動車は、私が子どものころに進駐軍の兵士に乗せてもらった、ジープが原点です、温故知新で叶いました。自動車の運転は、法律に従い遊ぶ、文武両道の極みです。私の物事は、全てが一点を基準にして、物心両面、文武両道そして温故知新の思い出がありますが、幸せをさらに求めて、日本人が不可能で見ることも考えない、自動車の背面に鏡を設置した理由は、金庫の修理で米軍基地に行きました。MPの乗ったjeepの先導車の後部に「大きな鏡」と「FOLLOW ME」の看板ありました、私は、昼間であってもヘッドランプを点灯して先導車の後を追った、思い出と模倣・・私の画期的な趣味と小細工でしょう。こんな私です。こんな小細工のできることもある程度の固定資産と不動産があるためです。

2011年7月12日火曜日

皆様が毎朝に思うことは、?ですか。

おはようございます。

私は、さて~・・今日これからなにをしようかな~と思うのです。
私は、約12年前に糖尿病と白内障の発症で、金庫修理屋を廃業して、
約1箇月間の入院治療が終了して、お医者さんから要はお前の生活習慣を
変更しない限りお前に幸せが来ないと言われました。

さて?ど~するか?と考えて、病院の看護婦さんから言われたことは、
散歩をせよ!でした。

毎朝の食事の後に、行ってきま~す・・と、軍歌で、勇んで家を出てからは~、
近所の荒川の土手を散歩して終わりです。

最初は、義務の散歩を行いましたが、毎日の一定時間にその場所に立つと、
私が何かを感じました。
それは、流行と呼ぶ、人間の服装や私の場合は、国道6号の四つ木橋の信号が
赤色信号と渋滞で止まっている自動車と運転する人間でした。

私の結論は、金庫の修理屋時代でも、今現在の廃業無職の時でも
人間の行動には、まったく変化のないことだと、承知するに至りました。
そして、今現在でも、人間は、日本人は、生活に、言動に変化のないことを
望むのが幸せなのだ!と思うようになりました。

私の考え方が正しいことであることの証明は、お正月の新年の日の出に
お祈りすることは、今年もまた、去年以上に波乱万丈の出来事に遭遇を
神社仏閣の神様や親の仏壇にお願い、祈る、人間が皆無でしょう。

私は、逆に、政治の社会では、次から次へと「先が読めない」とか言いますが、
想定外のことが発生します。

私は、ものづくりに従事する人々は、自分自身の幸せの方向性を
知っているので、今回のような1000年に一度と呼ばれる
不幸な東日本大震災であっても少しづつですが、生産再開に着手であり、
製品の出荷であり、店舗の再開です。

・・が、政治屋さん業界に従事する人間は、右往左往しています、そして、
現在までまったく何事も決定しませんが、決まって、言うことは言うのです。

不思議な業界と私は、思う今日このごろではなく、十年一日の如くですが、
昔の自民党の時代ならば、会社の社長が代議士なので、早く、なんとかする、
逆に俺がしないと、究極が俺の会社が倒産する・・緊迫感があったので、
日本人と日本人社会は、発展したのでしょう。

逆は、現在の民主党や党首の菅首相は、業界の元祖や物事が
会議屋業界出身者や集合体であったので、西洋映画の題名。
「会議は踊る」に、終始一貫、ここでも、日本人は、全てが十年一日の如くです。

政治屋業界日本人の物事は、すべてが西洋白人社会のエソラで真似事です
・・もう・・どう・・しようもない・・ですね!

日本のものづくり業界の人々は、不幸な人々の応急仮設住宅建設であっても
一応は、チャンチャンで手打ちで、手締めで終了です、そこが違うのです。

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