今朝が邱さんのことをメモ帳に下書きとして書き、このBloggerの下書きスペースに、
コピー&ペーストでリンクしたら、どこかの設定が狂い文章の行と句読点が
チグハグとなりました・・ご了承ください。
私が人間の寿命と金銭欲について思うことは、今朝の読売新聞の10面に、 「時代の証言者」があり、邱 永漢さんのお話があります。 私の予てからの疑問点は、氏のお話にありました。 それは、「女性がいちばん興味を持っているのはお金でしょう。 でも、お金の話がないですね」とあります。 そして、日本では、お金のことを口にしないのが美徳とされています。 欲を抑えてしまうから、結果として、「のどから手が出るほど欲しい」とか 「欲と二人づれ」とか、他の国にはない言葉が生まれたのでしょう。 とあります。 これは、まさに、言い得て妙です。 私は、さすが、りゅうせき、ながれいし・・流石に、東京大学を出たお人は、 エライ・スゴイが敗戦後の価値観のことです。 敗戦前の日本人は、大日本帝国軍人を目指す「海軍や陸軍士官学校」。 日本人は、このように時代と場所が変わると価値観が変わります。 現在の日本人は、良い悪いを別にして、東日本大震災に端を発して、 東京電力福島第一原子力発電所の爆発、放射能飛散事故で大騒ぎ。 大騒ぎの最大の理由は、将来は何が、どこだと、どの程度だと、 正確に言うことが不可能だが、理由の如何にかかわらず、怖い、兎に角、 薄気味悪いが本音のところでしょう。 私は、別な見方として、2011年7月12日付け、即ち、昨日の読売新聞の夕刊、12面の最下段に物故者のお知らせ記事です。 それは、沼田鈴子さんです。 沼田鈴子さんは、いわゆる、戦時中にアメリカ軍の爆撃攻撃機ボーイング社製。 飛行機B 29型・・名前がエノラ・ゲイ号に搭載された、 リトルボーイの原子爆弾が広島市の上空で爆発・・ 爆心地より1マイル以下の1.3km離れた、広島逓信局で被爆しましたのです。 その後は、教員として28年間働いた後、 現在の年寄りの言葉ならば、若いものには、負けない体力、 体質に気丈さで、東京ならば、落語家の台詞・・どうもすいません・・ 故林家三平さんの奥様の老後生活と同じです。 沼田鈴子さんは、広島原爆被爆体験の語り部に幸せを求めました。 1973年に広島平和記念公園に移された被爆アオギリの木の下などで~、 戦争の根本原因を知らない修学旅行の子どもらを 相手に語ってました。 そして、12日、87歳の生涯を閉じました。 沼田鈴子さんのお身体は、世に言う・・放射能被爆であっても、 放射能に打ち勝つ、自己治癒力が強く、機能障害の発生がなく、 長寿を全うなされましたのでしょう。 私は、人間の金銭欲やその人間の寿命、人生で幸せ、不幸などが、 一概には、分からね~が、実感です。 なので、私は、死ぬまで、思い切り、言いたい放題・・ したい放題で、残された人生を死ぬまで、生きて見せると、 女の愚妻に心に決めた次第です。 | ||||||
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