私の夢であった自動車です。

私の夢であった自動車です。
私の夢と幸せであった自動車の発展究極形です。自動車大好き人間は、一度は世界最速の自動車の所有者になりたいと思います。しかし、現実は、金銭はなく、所有がダメですが、中古車を購入すれば、簡単に叶います。世界最速の自動車は、私が子どものころに進駐軍の兵士に乗せてもらった、ジープが原点です、温故知新で叶いました。自動車の運転は、法律に従い遊ぶ、文武両道の極みです。私の物事は、全てが一点を基準にして、物心両面、文武両道そして温故知新の思い出がありますが、幸せをさらに求めて、日本人が不可能で見ることも考えない、自動車の背面に鏡を設置した理由は、金庫の修理で米軍基地に行きました。MPの乗ったjeepの先導車の後部に「大きな鏡」と「FOLLOW ME」の看板ありました、私は、昼間であってもヘッドランプを点灯して先導車の後を追った、思い出と模倣・・私の画期的な趣味と小細工でしょう。こんな私です。こんな小細工のできることもある程度の固定資産と不動産があるためです。

2011年5月27日金曜日

大好きな自動車は、消えてなくなりませんが、大好きな原子力発電所の付け焼け刃は、またぞろ、出現です。

5月27日の読売新聞を見ながら、NHKの朝の連続ドラマを見ると、
日本人の女性作家は、知能の幼い子どもを教育する人間が
ほんとうに大好きな人間だと私が思いました。

私は、友だちがアメリカにいるならば、この点を聞きたいのです。

逆は、私が現在の日本人の生活を考えます。

私は、心の神様に誓って、「嘘」がなんとしても大嫌いです、逆を考えますと、
大好きな単純な仕事で、誰にも開かない金庫を開けた~です、で、
おかねをちょ~だ~い、で、暮らして、現在までは大きな額の金銭が
手に入りませんでした。

私にかわいい、子どもがいると、情けない、不甲斐ない、貧乏人で、
誇りと名誉ある、親の人間ではあ~りませんが・・それはそれと袖にして、で、
お前たちの親の俺は、東京電力の福島県の原子力発電所の所長だと言う、
勤務先の原子力発電所が地震と津波で爆発したが、菅首相や東京電力、
本社の指示がどうあろうとも、原子炉に海水中断は決してなかった・・と、
5月の今頃になって、よくも、しゃ~しゃ~と恥ずかしくもなく、言える者だ~と、
私が言いたいのです。

私は、日本人が敗戦後には、すべての事柄が思想の自由と結社の自由で
自由に発言できる時代に変化したと考えます。

一方では、日本人が金銭を得て生活する方法は、
根本がアメリカ人の大原則の従うのです。

日本と日本人は、憲法に戦争の放棄が明記されています。

日本の指導者は、他国と戦い、勝ち負けの考え方や概念がまったくないので、
その場限りでも、辻褄が合うのでなく、なんとしても合わせれば、親子の生活が
安泰だと気楽に、いい加減に考えるのでしょう。

私は、日本の世も末だ・・と、考えるようになりました。
ならば、どうする・・選挙だ!です。

知能あるアメリカ人は、ほんとうに良いことを日本人に教えてくれました。
私が大嫌いな女性作家ならば、日本人の昔話は、大好きな「忠臣蔵」です。

0 件のコメント:

コメントを投稿