私の夢であった自動車です。

私の夢であった自動車です。
私の夢と幸せであった自動車の発展究極形です。自動車大好き人間は、一度は世界最速の自動車の所有者になりたいと思います。しかし、現実は、金銭はなく、所有がダメですが、中古車を購入すれば、簡単に叶います。世界最速の自動車は、私が子どものころに進駐軍の兵士に乗せてもらった、ジープが原点です、温故知新で叶いました。自動車の運転は、法律に従い遊ぶ、文武両道の極みです。私の物事は、全てが一点を基準にして、物心両面、文武両道そして温故知新の思い出がありますが、幸せをさらに求めて、日本人が不可能で見ることも考えない、自動車の背面に鏡を設置した理由は、金庫の修理で米軍基地に行きました。MPの乗ったjeepの先導車の後部に「大きな鏡」と「FOLLOW ME」の看板ありました、私は、昼間であってもヘッドランプを点灯して先導車の後を追った、思い出と模倣・・私の画期的な趣味と小細工でしょう。こんな私です。こんな小細工のできることもある程度の固定資産と不動産があるためです。

2011年5月9日月曜日

私は、私自身が思い描いた夢を十年一昔と言い、すでに、実現してしまったので、自慢で言う訳ではありませんが、日本人の人生とは、就職とは、そして幸せとは何ぞや?と思うのです。

私は、そして、昔の西洋アメリカ白人ならば、食事ときに一家揃って、
神様に毎日、健康で暮らせることに、神様ほんとうにありがとう・・
とお祈りを捧げると思うのです。

私の場合は、親が近所の病院に入院の最中で、助け舟が「無」です。
私は、心細いが私自身で選択した道であり、物事は最初ならば、
ある種の発明であり、画期的なので、許されます。

・・が・・お茶の世界の千利休さんの句。二番煎じ、
二度目は、ダメで何の新鮮味もありません。

ですが、世の中は、不思議なもので、お稽古事が大流行です。

私が流石と思うお方は、天皇陛下から文化勲章を受章した
故中川一政さんが「他人から教えを受けることは意味がない」です。

私のサラリーマン時代は、夜明けと同時に「会社に行く」ことが義務であり、
他のことを考える余裕がありませんでした。
考える余裕が生まれるときは、会社が終わり、先輩社員からお酒をいただき、
アメリカの社会のことを聞いて、アメリカは~・・タレントの兼高かおるさんに
思いを重ねました。

さて、私の現実は?ですが・・御蔭様で、私は趣味の自動車が
ありますので、金銭を稼ぐことだけで、不安がありませんでした。

趣味があると良いことは、就職であっても、迷いがありません・・
私のアメリカ生活は他人の二番煎じであったので、ダメでした。
・・が、私の自動車の修理の楽しみの変化形は、私の一生の仕事になりました。

と、同じように、今朝の読売朝刊7面「七転八起」に
ソースネクスト社長・・松田 憲幸さん45歳・・の人生が書かれてあります。

違うことは、私が67歳で松田さんが45歳で若く、大阪府立大の工学部卒で、
頭がよいことだけです。

他は、私と同じで、好きなこと・・私は金庫の修理ですが、
松田さんは、パソコン一筋で座右の銘は、「勤勉は善」です・・と言う具合に、
私の現在は、人生をフィードバックで、温故知新を楽しむ、ことです。

0 件のコメント:

コメントを投稿