私の夢であった自動車です。

私の夢であった自動車です。
私の夢と幸せであった自動車の発展究極形です。自動車大好き人間は、一度は世界最速の自動車の所有者になりたいと思います。しかし、現実は、金銭はなく、所有がダメですが、中古車を購入すれば、簡単に叶います。世界最速の自動車は、私が子どものころに進駐軍の兵士に乗せてもらった、ジープが原点です、温故知新で叶いました。自動車の運転は、法律に従い遊ぶ、文武両道の極みです。私の物事は、全てが一点を基準にして、物心両面、文武両道そして温故知新の思い出がありますが、幸せをさらに求めて、日本人が不可能で見ることも考えない、自動車の背面に鏡を設置した理由は、金庫の修理で米軍基地に行きました。MPの乗ったjeepの先導車の後部に「大きな鏡」と「FOLLOW ME」の看板ありました、私は、昼間であってもヘッドランプを点灯して先導車の後を追った、思い出と模倣・・私の画期的な趣味と小細工でしょう。こんな私です。こんな小細工のできることもある程度の固定資産と不動産があるためです。

2011年5月3日火曜日

皆様は、人生の出来事が運命ですか?逆に、ホルモンの質と程度の問題ですか?

私が私自身の人生を決めた切っ掛けは、医師の言葉ならば、ホルモンです。

 私は、学生のころから、ユダヤ人とユダヤ教の教えに従い、
金儲けをするのなら、女性と子どもを相手にしろ!を座右の銘にして、
玩具の輸出卸会社に就職しましたが、現実は、聞くと見るとは大違いでした。

私の労働は、毎日決まったことだけの明け暮れでした。

 私の生活は、毎日悶々としていました、一日が終われば、先輩社員から
酒飲みにご招待でした。

 私は、世に言う、このようなことの繰り返しが、商売、商い、
厭きない、あきないの道と言われますが、心では、嫌なこった・・です。

 私は、会社を休もうかな~・・だけどな~・・休んでどうなる?
じゃ~・・会社を辞めちゃお~かな~・・です。

私が究極的に幸せであったことは、自動車の楽しみがありました。
 私は、愚兄と親が決定、購入した、いすゞ自動車製のヒルマン・ミンクスを
乗って運転しても母が喜ぶだけで、私は何だか?タクシーの運転手の気分で、
楽しくなかったのですが、逆に、ボーナスを貯めて、親と兄を仲間にして、
違うモデルの自動車を買うぞ!で、新たな違う楽しみを見出しました。

人間の生活ならば、一つの現象に対して怒る、笑う、切っ掛けが
喜怒哀楽のホルモンでしょう。
人間の肉体ならば、女性らしさ、男らしさがはっきりと正確に性格で現れる
女性ホルモンであり、男性ホルモンです。

 ホルモンは、怒る度合いや程度がアドレナリンホルモンの突出程度の違いで、
思春期ならば、喧嘩で人生を誤る・・松竹映画「黄色いハンカチ」でしょう。

 私は、人間の人生を決めることが僅かな「神様のさじ加減」で
大きく変わると確信と断言です。
現在の日本人ならば、東日本大震災でしょう。
 日本人の諺には、昔から地震、雷、火事、親父とありますが、
まさか~・・これほどまでの大きな日本有史以来の大災害が~です。

逆に、私の親父は明治の生まれで、肉体的欠陥が、強度の近眼で、
大日本帝国がアメリカの真珠湾に攻撃しても、近眼の人間は役立たずで、
兵役免除で、子どもを育て上げ、我が家が幸せでしたが~・・、
母親は、親父の吐息が臭~いと言い出しました。

熱が有る・・自動車ならばオーバーヒートだ~!
民間療法もダメ!~で、入院で~、続きが明日。

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