私の夢であった自動車です。

私の夢であった自動車です。
私の夢と幸せであった自動車の発展究極形です。自動車大好き人間は、一度は世界最速の自動車の所有者になりたいと思います。しかし、現実は、金銭はなく、所有がダメですが、中古車を購入すれば、簡単に叶います。世界最速の自動車は、私が子どものころに進駐軍の兵士に乗せてもらった、ジープが原点です、温故知新で叶いました。自動車の運転は、法律に従い遊ぶ、文武両道の極みです。私の物事は、全てが一点を基準にして、物心両面、文武両道そして温故知新の思い出がありますが、幸せをさらに求めて、日本人が不可能で見ることも考えない、自動車の背面に鏡を設置した理由は、金庫の修理で米軍基地に行きました。MPの乗ったjeepの先導車の後部に「大きな鏡」と「FOLLOW ME」の看板ありました、私は、昼間であってもヘッドランプを点灯して先導車の後を追った、思い出と模倣・・私の画期的な趣味と小細工でしょう。こんな私です。こんな小細工のできることもある程度の固定資産と不動産があるためです。

2011年5月4日水曜日

一家の家長の大黒柱の稼ぎ手の父親の病気は、普通のご家庭ならば、家族の不幸の始まりですが、私は、逆に、夢が実現した幸せの始まりでした。

父は、早速、近所の通称が慈恵医大の青戸病院で身体検査でした。

 お医者さんからは、何故か?父の身体のどこが病気であるのかを、
教えていただけませんでした。

 理由は、父の誕生が明治で、父の生活は、昭和42年(1967年)ですが、
父の病気が明治や大正時代の時代遅れの病気であって、
お医者さんの教科書の病気一覧表のカタログに掲載されているが、
実際にお医者さんが目にした、経験した、治療した病気ではない、
珍で奇なる病気で、診断に手間取りました。

病名は、肺壊疽(えそ)です。
 お医者さんは、父が病気に至る予測は、父が空気を胸一杯吸い込んで、
空気の中の埃が何かの切っ掛けで肺の部分に刺さり、
肺の部分が化膿している、との診断でした。

証明は、このレントゲン写真を見ろ!です。
この写真は、お前の親父が直立不動の場合だ!です。
この写真は、仰向けに寝た状態。
これは、うつ伏せだ!

 すべてのレントゲン写真に映し出された鶏卵大の影に対して、
半分の部分に暗く水平線が見えることは、化膿した液体である。

 病気の結果と原因は、病気の部分が液体であるので、
父の身体の位置を変えても、(暗い水平線)の影が見えるのだと
母と愚兄(愚弟と嫁に行った愚姉を除く)と私の3人がお医者さんから説明を
受けました。

 お医者さんは、今や昭和の時代で、最早や戦後でない、オリンピックも終わり
近代日本に、「結核病」ならば、まだしも病気の存在が理解できるが、
「肺壊疽」と呼ぶ、時代遅れの病気の存在が不思議である、でした。

お医者さんに、父の生活状態を話しました。
お医者さんは、わかった!です。
 父は、異常と思えるほど強度の近眼ですが、逆に、身体が異常と思えるほど
健康で風邪も引かずに、一家6人(一時は爺婆込み頭数8個)を乗せた
荷馬車を引き、元気に暮らしました。

普通の人間ならば、頭が痛い・・風邪を引いた?、風邪薬を飲むです、
風邪薬には、何らかの風邪のばい菌を殺菌する薬が入っているのです。

風邪薬の中には、「肺壊疽」を発症させるばい菌を殺菌する薬も
含有しているかも?知れないですが、父が逆に生まれてから病気一つしない
人間であったのです。

父は、寄る年波と私が就職した、父は親の責任を果たしたと思った、途端に
気の緩み・・緊迫感の箍が外れた、病魔が襲ったのでしょう。

 父の病気と女親の母のこれからの生活と心配性は、しようがない・・
神様の悪戯です・・が、私に取っては、天から授かった、神様の微笑み・・です。

理由は、明日。

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