私の夢であった自動車です。

私の夢であった自動車です。
私の夢と幸せであった自動車の発展究極形です。自動車大好き人間は、一度は世界最速の自動車の所有者になりたいと思います。しかし、現実は、金銭はなく、所有がダメですが、中古車を購入すれば、簡単に叶います。世界最速の自動車は、私が子どものころに進駐軍の兵士に乗せてもらった、ジープが原点です、温故知新で叶いました。自動車の運転は、法律に従い遊ぶ、文武両道の極みです。私の物事は、全てが一点を基準にして、物心両面、文武両道そして温故知新の思い出がありますが、幸せをさらに求めて、日本人が不可能で見ることも考えない、自動車の背面に鏡を設置した理由は、金庫の修理で米軍基地に行きました。MPの乗ったjeepの先導車の後部に「大きな鏡」と「FOLLOW ME」の看板ありました、私は、昼間であってもヘッドランプを点灯して先導車の後を追った、思い出と模倣・・私の画期的な趣味と小細工でしょう。こんな私です。こんな小細工のできることもある程度の固定資産と不動産があるためです。

2011年5月5日木曜日

親が病気入院、私の現実は、金銭が基準でした。

 私は、人間の長い人生を誰のために、生活するのかで、
その人間の人生が決まると思うのです。

 最善の典型は、世のため人様のために、生きる、生活する人間が、
宗教に関係する人でしょう。

最悪の典型は、世のため人様がダメだと決める犯罪・・究極が殺人です。
殺人の一部に、良い悪いが曖昧な「自殺」であると考えます。

 私の場合は、子どものころの当時から映画にある、アメリカ、アメリカで
好きなことをしながら生活すると決めました。

 私は、そのためには、ホンダに入社、レースに出場、子どもながらに
「夢みる夢雄ちゃん」でした。
 私のある面は、私がアメリカに渡るのではなく、玩具を先に送り出すことで
初期段階まで、到達しました。

が・・しかし・・人間は、気持ちが日々進歩進化発展、悪く言えば、
子どもの時の考え方が現実的ではないと気が付くものであると
私は、思うのです。

 私は、逆に、子どものころに聞いた、思った、考えたことを
大人の今でも考える、継続していることが、私だけの個人的考えですが、
バカな大人と思います。

私は、なので、子ども相手の教師は、バカですとなります。
証明は、子どもの親が教師のことを良い大人と見ないのです。
子どもの親は、いつも、大人の教師にダメと文句を言うのです。
子どもは、大人の教師をバカにして、暴力を振るうのです。
子どもの判断と行動は、正しいか?間違いか?不正か?

私の超現実的なことは、毎朝の「マイド」がバカげたことで、嫌なこったです。
 私は、・・しかし・・会社が終われば、お酒を飲む、植木等さんの歌で、
「サラリーマンは気楽な稼業」で、給料が税込み¥3万で、
4、5、6と7月の4ヶ月間、労働したら、給料以外に
ボーナスの臨時給料が¥10万円を頂ました。

親は、入院していて、我が家の家計が先細りです。
母は、この先どうしよう・・神様、仏様に早く亭主の身が元気に
なりますように、お願いの毎日と病院に日参です。

 お医者さんからの決断は、手術で、化膿している肺の一部を
切除する方法・・肺結核の手術と比較すれば「簡単」である。
他の方法は、薬即ち抗生物質のペニシリン等で治療です。

私ども患者にしてみれば、お医者さんが病人を治療するには、
内科療法と手術の外科療法があると話を聞き、お医者さんから
決断せよと言われました。

 男の私は、母親の行動を見ていると昔話や小説に、病院に入院している
男の病人と看護婦さん、反対に、女性の患者と男の医師の恋愛話が
生まれることが当然と考えるようになりました。

私は、究極的結論が1967年昭和42年9月6日の誕生日・・
昔の表現で、おんとし御歳、24歳を境に米沢玩具殿に、
親が病気で、生活できないので、親の家業と稼業の「金庫修理屋」を
継ぐ理由で「辞職願}「退職願」を提出しました・・即座に「OK]でした。

人生なんてこんなもの・・と・・私は考えます。

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