私の夢であった自動車です。

私の夢であった自動車です。
私の夢と幸せであった自動車の発展究極形です。自動車大好き人間は、一度は世界最速の自動車の所有者になりたいと思います。しかし、現実は、金銭はなく、所有がダメですが、中古車を購入すれば、簡単に叶います。世界最速の自動車は、私が子どものころに進駐軍の兵士に乗せてもらった、ジープが原点です、温故知新で叶いました。自動車の運転は、法律に従い遊ぶ、文武両道の極みです。私の物事は、全てが一点を基準にして、物心両面、文武両道そして温故知新の思い出がありますが、幸せをさらに求めて、日本人が不可能で見ることも考えない、自動車の背面に鏡を設置した理由は、金庫の修理で米軍基地に行きました。MPの乗ったjeepの先導車の後部に「大きな鏡」と「FOLLOW ME」の看板ありました、私は、昼間であってもヘッドランプを点灯して先導車の後を追った、思い出と模倣・・私の画期的な趣味と小細工でしょう。こんな私です。こんな小細工のできることもある程度の固定資産と不動産があるためです。

2010年11月24日水曜日

「歴史は繰り返す」は、ダメ・・。

私は、昨日今日の韓国からのホットニュース。

私は、北朝鮮と戦ったマッカーサー将軍・・朝鮮戦争を思いだします。

子どものころは、マッカーサー将軍が大日本帝国を破った帝王様。

 大日本帝国を破ったマッカーサー将軍は、北朝鮮の金日成将軍に
朝鮮半島の最南端の釜山まで追い詰められた。

 マッカーサー将軍は、朝鮮半島で原爆の使用をトルーマン大統領に進言、
ダメ・・悩み、苦肉の一策で、干満の差が激しい・・仁川に上陸を敢行、勝利。

 私は、野次馬根性で、成田国際空港が開港した年の暮れに、
韓国に一人旅でした。

 当時は、まだ、韓国全土に夜間外出禁止令が布かれていて、
ホテルの窓から見下ろすと、23:00を期すとサイレンで24:00に
南大門を回る道路に自動車はなく、パトロールのジープだけでした。

 歴史ある「仁川」に通ずる高速道路は、戦闘機が着陸可能なようにと、
中央分離帯がなく、だだっ広い道路のみでした。

 仁川の街は、平和の鳩の鳩小屋があり鳩がゴロゴロと泣いていたのを
思い出しました。

・・が・・昨日今日は、北朝鮮軍からの艦砲射撃で、仁川の近くの
延坪島の人々の心境は如何に?です。

日本は、つくづく・・平和な国と思えてなりません。
が・・しかし・・韓国と北朝鮮は、大国の思惑で分断されて、
現在でも国家の統一がなされません・・不幸ですが・・
私は、人間の宗教と同じで・・しようがい・・国と考えます。

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