私の夢であった自動車です。

私の夢であった自動車です。
私の夢と幸せであった自動車の発展究極形です。自動車大好き人間は、一度は世界最速の自動車の所有者になりたいと思います。しかし、現実は、金銭はなく、所有がダメですが、中古車を購入すれば、簡単に叶います。世界最速の自動車は、私が子どものころに進駐軍の兵士に乗せてもらった、ジープが原点です、温故知新で叶いました。自動車の運転は、法律に従い遊ぶ、文武両道の極みです。私の物事は、全てが一点を基準にして、物心両面、文武両道そして温故知新の思い出がありますが、幸せをさらに求めて、日本人が不可能で見ることも考えない、自動車の背面に鏡を設置した理由は、金庫の修理で米軍基地に行きました。MPの乗ったjeepの先導車の後部に「大きな鏡」と「FOLLOW ME」の看板ありました、私は、昼間であってもヘッドランプを点灯して先導車の後を追った、思い出と模倣・・私の画期的な趣味と小細工でしょう。こんな私です。こんな小細工のできることもある程度の固定資産と不動産があるためです。

2010年11月8日月曜日

昨夜のジャパニーズアメリカンズの続き・・です。

 私が最初に、皆様にご容赦をお願いすることは、
私が私自身ながらに一生懸命に文章の下書きとHTMLの編集を、
行い、全体像のプレビューで見て、これでOKであると投稿すると、
不思議に句読点や、文字で文字列が乱れてしまいます。

私では、改善の方法がありません、ご容赦ください。

さて、テレビを見て、思ったことは、だれでもどこでも時代は変わろうとも同じです。

私は、ドラマの一郎と同じで、他人に負けないぞ・・です。

私が他人に頭を下げることは、死んでも・・嫌なこったです。

だから・・親の商売の金庫修理屋を親の病気の足元を見て手に入れたです。

一方は、弟の次郎と同じで、親元から自立できない私でした。

兄弟と姉は、離れて暮らす・・我が家と私たちの実情を知らぬです。

姉や兄は、子供を早く作れと言うが、私が餓鬼なんて「いらね~い」です。

姉と兄は、当然・・怒ったが、両親や義母も死んで時が過ぎたです。

 今現在は、老後を迎えて、何とか元気に病気と言っても糖尿病だけ・・
姉や兄弟も50歩100歩で人間に違いはありません。

 現在は、正月だけですが、親の実家である我が家に集まると、思い出話で
兄弟喧嘩の始まりですが、子どものころと違ってすべては、時が解決する
・・した・・の・・です。

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