私の夢であった自動車です。

私の夢であった自動車です。
私の夢と幸せであった自動車の発展究極形です。自動車大好き人間は、一度は世界最速の自動車の所有者になりたいと思います。しかし、現実は、金銭はなく、所有がダメですが、中古車を購入すれば、簡単に叶います。世界最速の自動車は、私が子どものころに進駐軍の兵士に乗せてもらった、ジープが原点です、温故知新で叶いました。自動車の運転は、法律に従い遊ぶ、文武両道の極みです。私の物事は、全てが一点を基準にして、物心両面、文武両道そして温故知新の思い出がありますが、幸せをさらに求めて、日本人が不可能で見ることも考えない、自動車の背面に鏡を設置した理由は、金庫の修理で米軍基地に行きました。MPの乗ったjeepの先導車の後部に「大きな鏡」と「FOLLOW ME」の看板ありました、私は、昼間であってもヘッドランプを点灯して先導車の後を追った、思い出と模倣・・私の画期的な趣味と小細工でしょう。こんな私です。こんな小細工のできることもある程度の固定資産と不動産があるためです。

2010年11月19日金曜日

18日は休みました、理由は身持ちが悪いため。

 私のように身持ちが悪く、目が見えなくなるでなく、身持ちの悪い政党は、
飛べ飛べ天まで飛べと願っている、自民党がいよいよ民主党に噛みつき
法務大臣の辞任要求です。

 私ならば、英語の教師風に歌って、記者団を前にシーソーに揺られて、
シーシーと口封じで、she shall see a seashell at seashoreと意味不明なことで、
お茶業者の千利休のようにお茶を濁しますね。

 私がこのようなことを言えることは、元はと言えば、アメリカの国務大臣。
ヒラリー・クリントンさんを謳えば、生まれた場所と時代が良かったです。

 思えば、私でなく、日本は、敗戦ですべてが「無」と化したが、
逆に、言論の自由と結社の自由をアメリカから自然と得ました。

 日本と日本人は、アメリカの言いなりと言えば、私が囲炉裏端で
五平餅を食べて気楽に暮らすので、糖尿と白内障に緑内障の疑いと
近所の病院で医師から脅される語弊がありますが、知的な労働を
せずにここまで来ました。

日本は、だから、神様からしっぺ返しのような、不景気の到来です。

 私が現存している日本人で最も不幸な人と思う人々は、
1923年大正12年の関東大震災の年にお生まれになった方。

 理由は、生まれ育ってこれから青春と言う時期に徴兵でその後が
だれでも思うことです。

他は、来年学校を卒業する人々です。

 理由は、私のように、植木等さんの歌に歌えば、「分かっちゃいるけど、
辞められない」・・で、お飯を食った罰・・あきらめがつきます。
昔・・倒産した会社の父さんの言った言葉・・
悪いのは社員ではありませんと!・・

就職できないのは、あなたのせいではありません。
不景気のせい・・昔の言葉・・大学は出たけれど・・。
私の考えは、歴史は繰り返す。

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