敗戦後の日本人の大災害は、第二次世界大戦で、アメリカの原爆で、
敗北したことです。
戦時中に日本本土で生きた、住んだ善良な日本人は、
軍部の大本営が勝った、勝ったと日本国民を鼓舞したことを
聞いたが現実が敗北です。
だから、日本の指導者は、信用できない、憲法が思想と言論の自由です。
現実の生活は、敗戦で困ったことが誰でも程度の差こそあれ同じです。
程度の差が天と地ほどあった女性は、日本を戦争に導いた、
旧三菱財閥の当首だった岩崎弥太郎さんの孫娘さん・・
エリザベス・サンダース・ホームを作った・・澤田美喜さん。
私の言葉は、悪いのですが、多くの人々が不幸の最中に、
誰かを「一時期」助けることは、「人間の情」であって、だれでもすることです。
しない人間は、悪魔、冷血漢、ひとでなし。
澤田美喜さんは、完全な・・句。腐っても鯛のお屋敷と暦としたご家系、
関係者のご各位が隣り近所にいたので、アメリカの進駐軍の軍人と
日本人女性の間に生まれた混血児を援助した・・できました。
先般の阪神淡路大震災は、澤田美喜さんのような女性が
大阪に在住していたので、ある面で幸せでした。
阪神淡路大震災のときは、日本最大スーパーマーケット、
現在は消滅したが、「スパー・ダイエー」の存在です。
そして、自民党に対峙した「社会党」の存在です。
さらに、女性には女性の味方・・「土井たか子」さんの存在。
だから、女性代議士の「辻元清美」さんが誕生した。
女性代議士の「レンホー」さんも同じです。
が・・しかし、今回の日本の歴史上・・東北関東大震災の被害・・
不幸の方々を助ける、援助する人々が出現するのか?を
私が思います。
企業の場合は、私が尊敬する故本田宗一郎氏は、
敗戦で氏自身が生きる意味を喪失。
氏は、毎日、酒を飲み、飲んだ暮れ生活を1年間・・
氏の奥様は、自転車に乗って、1升瓶を抱えて買出しです。
故本田宗一郎氏は、戦争中に携わった飛行機の小型ガソリン発電機の存在。
言葉は、子どもが学校で使用する、跳び箱を飛ぶ寸前のジャンピング・ボード。
人間ならば、男女の性差を決定するホルモンです。
ソニー殿は、ノーベル賞受賞者を時々ジャンピング・ボードに、置き換えるが、
ノーベル賞のスウェーデンのエリクソンに援助を願うので、ダメ。
大好きな料理ならば、美味しい料理を食べながら
美味しい料理を作る・・お寿司屋さんの板前さんの姿格好です。
敗戦後にアメリカに渡ったロッキー青木さんは、
アメリカのレストランでアメリカ人の目の前で、熱い鉄板の上で、
現在のNHKの朝ドラの「てっぱん」の40年も前に、
返しと包丁でステーキを焼く・・演技・・パフォーマンスです。
アメリカ人は、アメリカのレストランで血の滴る、
分厚い、ステーキを食べるが、作る焼く過程を見たのが
日本人製のステーキで最初でした。
だからロッキー青木さんは、アメリカのレストラン協会で
有名人です・・英雄です。
私は、さて、今回のご不幸で、パフォーマンス?の種がないのが実情です。
逆は、今回の救援作業でも、アメリカ海軍の揚陸艦が日本の壊れた海岸に、
接岸して、建設重機のクレーン車やブルドーザーの写真・・映像がNHKでも
僅か2~3秒でした。
現在の政権与党は、根本が共産主義のソ連のファンで追っかけでした。
そして、元党首の鳩山さんは、アメリカ人の最も嫌うことを気楽に、
うそ・・ウソ・・嘘で、日米安保条約の物事を誤魔化した。
アメリカ人の 男女は、お酒を飲んでも、歌にもありますが It's a sin to tell a lie。
アメリカ人のすべてが怒る・・当然です。
旧政権の自民党は、句。臭いものに蓋で原子力船入港を誤魔化したが、
現政権の[民主党]が演技のパフォーマンスで、パンドラの箱の蓋を空けた・・
日本人の心の根本は、暗黙の了解です、言わず、聞かず語らずの秩序を
壊した・・私が原爆のような放射能の亡霊で悩むのです。
善良な人々は、夢や幸せを私自身も含めて誰でもが当然に思うことです。 私の夢や幸せが実現しました理由は、日本人の文化教養に従えば、簡単明快でした。 1・・夢や幸せは、物心両面が同時に叶うことが必要です。 2・・夢や幸せは、文武両道で叶えるものです。 3・・夢や幸せは、温故知新で叶えるのもです。 4・・さらに、夢や幸せは、少々であっても、固定資産と不動産があれば、鬼に金棒です・・理由は、日本の最近の代議士の言動を考えれば、簡単です。 日本人の物事は、最初に金銭の損得で考えますが、日本の社会がバブル景気であったことを考えると・・担保物件の有る無しの考え方が生まれます。 私の典型的なたとえは、女性の結婚ですが、女性は結婚して、子どもが誕生するその後が亭主に金銭を出せ!何処かに旅行とか金銭の「入金」と「出費」を考えません。 世の中は、常に、金銭が付いて回ることが認識できる究極は、固定資産と不動産です。
私の夢であった自動車です。
私の夢と幸せであった自動車の発展究極形です。自動車大好き人間は、一度は世界最速の自動車の所有者になりたいと思います。しかし、現実は、金銭はなく、所有がダメですが、中古車を購入すれば、簡単に叶います。世界最速の自動車は、私が子どものころに進駐軍の兵士に乗せてもらった、ジープが原点です、温故知新で叶いました。自動車の運転は、法律に従い遊ぶ、文武両道の極みです。私の物事は、全てが一点を基準にして、物心両面、文武両道そして温故知新の思い出がありますが、幸せをさらに求めて、日本人が不可能で見ることも考えない、自動車の背面に鏡を設置した理由は、金庫の修理で米軍基地に行きました。MPの乗ったjeepの先導車の後部に「大きな鏡」と「FOLLOW ME」の看板ありました、私は、昼間であってもヘッドランプを点灯して先導車の後を追った、思い出と模倣・・私の画期的な趣味と小細工でしょう。こんな私です。こんな小細工のできることもある程度の固定資産と不動産があるためです。
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