私の夢であった自動車です。

私の夢であった自動車です。
私の夢と幸せであった自動車の発展究極形です。自動車大好き人間は、一度は世界最速の自動車の所有者になりたいと思います。しかし、現実は、金銭はなく、所有がダメですが、中古車を購入すれば、簡単に叶います。世界最速の自動車は、私が子どものころに進駐軍の兵士に乗せてもらった、ジープが原点です、温故知新で叶いました。自動車の運転は、法律に従い遊ぶ、文武両道の極みです。私の物事は、全てが一点を基準にして、物心両面、文武両道そして温故知新の思い出がありますが、幸せをさらに求めて、日本人が不可能で見ることも考えない、自動車の背面に鏡を設置した理由は、金庫の修理で米軍基地に行きました。MPの乗ったjeepの先導車の後部に「大きな鏡」と「FOLLOW ME」の看板ありました、私は、昼間であってもヘッドランプを点灯して先導車の後を追った、思い出と模倣・・私の画期的な趣味と小細工でしょう。こんな私です。こんな小細工のできることもある程度の固定資産と不動産があるためです。

2011年4月8日金曜日

日本人の資格と呼ぶ、化けの皮は、はがれました。

 日本人の私は、子どものころから故本田宗一郎氏の言葉、
資格で米の飯が食えね~・・ぞ~です。

逆は、それこそ、芋の子を洗うような現在の世の中でしょう。

 私たちが資格で一目置く最高値は、18歳で人生が分かれる
東京大学に入学できるか?否か?です。

 日本人の労働のような学問は、ペリー提督が来航以後は、
すべての学問が経験で成立しているだけです。

 日本人の学問の典型は、まったくの黄色人種の人間であっても、
人間の病気を完全に治療できませんが、日本には、大学を出た、
医師と呼ぶ修理工の人間が無数に病名を名付けて悩みます。

 逆は、英語の文書だけを読んで科学者と呼ぶ作家に成長した日本人が、
原子力関係者の人々です。

 アメリカ人は、原爆を作り、原子炉を作り、原子力発電所を作り、
1979年3月に、スリーマイル島原子力発電所で
炉心溶融事故を経験したのです。

 アメリカ人は、今後、原子炉爆発事故を発生させない絶対条件が
原子力発電所の燃料棒を真水で絶対に冷却すること・・しないと、
水素爆発が絶対に発生すると「経験」で知っているのです。

 日本人は、以上の大原則をだれもがまったく経験しないために、
大騒ぎでしたが、今回の福島第一原発1号機の原子炉に、
窒素ガスであるか?液体窒素であるか?不明ですが、
兎に角今すぐに・・『注入せよ』・・と・・アメリカのNRC・・
来日中のアメリカ放射能部隊の科学者たちが忠告したのです。

 日本で科学者と呼ぶ英語の文章を読む頭でっかちの人間は、
アメリカ人の経験者と科学者の忠告に従ったのです。

 理由は、放射能を含んだ原子炉本体の爆発と放射能を含むガスを
大気中に放出は、どちらが被害甚大か?を考えれば当然です。

 日本の現在の政治形態と総理大臣は、日本人の組合員と会話で
頂点に上り詰めた日本人です。

 他国の人間は、日本を助けることが利益であるか?否か?が
現在が不明です。

 日本の原子力発電所の事故を助ける援助は、
アメリカ軍の無人偵察機のグローバルフォークと
無人遠隔操作で写真撮影したロボットだけです。

日本人は、日本人を助けて外貨を得る労働を怠ったので、
外国は言葉ばかりです。
アメリカであっても、日米安保条約の最低の義務だけです。
・・と・・私は、考え、言葉が断定と確信です。

0 件のコメント:

コメントを投稿