私の夢であった自動車です。

私の夢であった自動車です。
私の夢と幸せであった自動車の発展究極形です。自動車大好き人間は、一度は世界最速の自動車の所有者になりたいと思います。しかし、現実は、金銭はなく、所有がダメですが、中古車を購入すれば、簡単に叶います。世界最速の自動車は、私が子どものころに進駐軍の兵士に乗せてもらった、ジープが原点です、温故知新で叶いました。自動車の運転は、法律に従い遊ぶ、文武両道の極みです。私の物事は、全てが一点を基準にして、物心両面、文武両道そして温故知新の思い出がありますが、幸せをさらに求めて、日本人が不可能で見ることも考えない、自動車の背面に鏡を設置した理由は、金庫の修理で米軍基地に行きました。MPの乗ったjeepの先導車の後部に「大きな鏡」と「FOLLOW ME」の看板ありました、私は、昼間であってもヘッドランプを点灯して先導車の後を追った、思い出と模倣・・私の画期的な趣味と小細工でしょう。こんな私です。こんな小細工のできることもある程度の固定資産と不動産があるためです。

2011年5月15日日曜日

男の私は、女性を理由もなく好きですそして永久的な熱源の原子力発電のことも大好きです。

日本は、アメリカと戦争して原爆攻撃で敗北しました。

アメリカは、共産主義国のソ連と対峙しながら、
資本主義を信奉して、 良い悪いを別にして、働かざる者食うべからずで、
現在に至るです。

私が日本は、どうかと言うと、極東の孤島に佇む、
珍で奇なる気持ちと子持ちの人間の集団です。

日本人の気持ちは、日本人が勉強しないが、日本が見習うべき、
アメリカのお助けで、なんでもござれです。

典型的日本人は、アメリカの原爆で悲惨さと不幸を味わったが、
逆に、日本人が見習う技術立国のドイツ人が鉱石運搬船・・
原子力船「オットハーン」に使用する原子炉を陸上で3機建造したが、
不具合の多々発生で断念です。

日本人は、張子の虎と言うべき、原子力「むつ」を形ばかりに海上で、
一隻建造したが、すべてが現在の日本人社会と同じで、ああ言えば・・
こう言うで、日本国の家庭教師であった、アメリカのウェスチング・ハウス社が
現在の東京電力・・福島第一原子力発電所のような悲惨な事故が起こる!よ
と言ったのです。

日本人は、金銭があれば、お山の大将です。
原子炉からの放射能漏れは、正月の餅にホウ酸混ぜたペーストを作り、
原子炉の溶接部分に塗ると良いで、出発出航でした・・ので、ダメ。

日本人は、アメリカのような原子炉を現在までまったく建造せずに、
試作品と呼ぶべき、実験炉で発電して、現在に至るです。

日本人は、日本で、パンドラの箱をひっくり返したのです、
日本人の心に抱く神様がなんと、言うか?子持ちの日本人がなんと言うか?
バチが当たったと言うか?
将来の歴史は、正確なことを言うでしょう。

2011年5月14日土曜日

私の今現在は、一つのことを好きであり続けた結果で人生が幸せだと確信。

私は、たとえばの話ですが、子どもころに、見た、触った、体験したことは、
幸いなことにありませんが、日本が原爆で、負けた、勝ったアメリカは、逆に、
原子力潜水艦を建造して、北極点に到達したことがスゴイ、アメリカ人は、
エライです。

私の好きなことは、金属や木の木片を削って、接着することです。

物体の恰好は、どうでも良いが、兎に角、ここが接着できれば、
修理が完成だ、です。

私は、この好きなことで、人生が確立しました。

逆は、嫌いであるが、誰かのために、労働したので、
地震で東京電力福島第一原子力発電所の1号機は、
原子炉が「炉心溶融」です。

事故対策は、非常に暑い原子炉を
水で冷却すれば、良いが、原子炉を建造したときに
金属を溶接したが溶接は、不十分であったので、冷却水が
漏れた。

漏れた水には、放射能がある、さ~どうしよう・・です。

2011年5月12日木曜日

日本は、標語が多いが、日本人が標語を無視する不思議な国家と民族です。

日本は、原子力発電所が爆発崩壊の結果が、電力エネルギーの節約を
しなさいと大騒ぎです。
・・が・・実際に可能であると思いますか?

日本人は、不可能と思えることを千里の道も一歩からとか言います。

日本人の現実は、不可能なことを時間の経過、景気の回復とかの表現で、
日本人の頂点に座る代議士や類する人間の誰かに従うと考えます。

逆は、西洋白人の法人の日本マイクロソフト社は、10日、
家庭向けに基本ソフト(OS)「ウインドウズ」を搭載したパソコンの使用電力量を
30%削減するソフトウエアを無償で提供すると発表しました。

人間の根本が日本人と違う、頭の出来が良い日本マイクロソフト社は、
東日本大震災による電力不足対策に活用してもらうのが狙い。・・あります。

対象のOSは、セブン・ビスタ・XPの3種類のことです。
サイトからソフトをインターネット経由で取り込めば、パソコン画面の明るさを
通常の40%に抑えたり、使わない時には待機状態になるように設定を
自動的に変更する。・・読売新聞11日朝刊経済10面にあります。

日本の全家庭用パソコンは、?1000万台ですか・・
日本は、テレビのお知らせで、省資源・・省資源・・エネルギーの節約と
騒ぎますが、アメリカは無言です、スゴイ、エライ・・私が確信と断言です。

他は、同じく昨夜11日の読売2面に写真入りで掲載です。

日本人の根本は、私は昔が中国をバカにした諺、以下の「張子の虎」で
なんでも、あれば良いと決めた典型が原子力発電所です。

特権に座る日本人の根本は、物体を作ることと手抜き作業に夢中で、
利益を確保すれば、更なる、特権を得ることができます。

日本人の究極は、労働する人生が僅か40年凸凹です、一財産を築く途中に、
浮気や不倫で問題と金銭を誤魔化す問題を起こさずに暮らすと関係した、
業界の長です。

そして、他の業界を取り組みお山の大将になれば、天皇陛下から、
日本の祭日に、勳?等の勲章を授かります。

日本には、四季の季節があります、日本人が不思議と過去は水に流す、
考えがありますが、ノーベル賞の国・・スウェーデンは、ダイナマイトで
山を崩した、現在ならば、危険な放射能に汚染した瓦礫を駆除する
無人ロボットを製造するのです。

そのロボットを日本は、輸入ではなく、借用したのです。
当然のことながら、アメリカからも同様なロボットを借用でしょう。

日本は、技術立国とかの見掛け倒しと張子の虎が生息する国。

2011年5月11日水曜日

皆様は、現実問題として昨夜から今朝の新聞を見て、何を考えますか?

官首相の要は、日本の2030年が原子力発電に50%依存体質を見直して、
太陽光、風力発電などの再生可能エネルギーと省エネルギー社会実現を
目指す・・で、首相が人気と任期切れで、さよ~うなら~です。

私は、現在までの日本の首相は、出身母体がアメリカの資本主義の考えで、
毎日労働して金銭を得る、金儲けの資本主義社会と成熟を目指して、
敗戦直後から東日本大震災が発生する2年前の選挙で決められたのです。

私は、現在の日本人が東日本大震災の結果で、事情が激変したことが
最も不幸なことだと思い、考えます。

私が非常に小さな単位の人間の集合体の一家の家族で考えますと、
一家の中心人物は、何かを考えて、行動するとなると必ず、金銭が必要です。

現在の一家のお父さん役の管首相は、言うだけなのです。
2年前の昔ならば管首相以外の国民は、お父さ~ん!そんなこと言っても
貯金が目減りしますよ!
ダメですよ!で、何とか、句。清濁併せ呑むで、現実を遣り繰りしました。

・・が・・私は、管首相の言葉に従い、現在の日本の現実を考えますと、
さあ~どうなるのか?です。

私は、子どものころから求めることが、自動車のような物体であったので、
すぐに、先立つものが、おかね、金、御金、金銭、お金を頂戴を基準にしました。

私は、私のような資本主義と対峙する共産主義を信奉する人間は、
自分自身が幸せと思う物体を如何にして手にするのか?と思うのです。
ボランティアを動員して!適当に支援のプレゼントで願えですか?
まさか~・・バカな~・・。

2011年5月10日火曜日

私は、皆様は、軍隊の兵隊ではありません・・大体が決まった生活です・・朝食後は、?です・・か?

私の場合は、愛読紙の読売新聞を広げます。

ありました・・私の大好きな有名人の故事来歴や物故記事です。

私が子どもの頃の我が家の土地の大家さんは、洋画専門館のオーナーです、
店子の子どもの私が毎週入場無料の顔パスで映画鑑賞でした。

私が今現在楽しみのパソコンならば、すべては、パソコンのハードの物体に、
金銭を支払いましたが、アプリケーションのソフトは、
無料のフリー・アプリケーションソフトを利用です。

なので、我が家の画面に現れるテレビ映像は、すべてが無料です。
大好きな活劇映画の「007」や「ダイ・ハード」の洋画であって、
時間の経過・・で、すべてが中古品や見飽きたものとなります。

私は、以上の理由で、新製品にまったく興味がありません。
私は、逆に、新製品を作った人に非常に興味がアリアリです。

私にとっては、まったくもってくだらない映像は、日本の映画です。
さらに、日本女性が良しとしない映画・・ヤクザ映画を作った人は、
東京大学を卒業した、岡田茂・東映名誉会長です。

東京大学に入学ではない、卒業したお方は、スゴイ、エライです。
就職は、ピーヒャラ・・ピーヒャラで有名な映画・・赤胴鈴の助を制作した
東映の前進・・チンケな無名な東横映画にご就職です。

一方は、政治遊びで倒産した有名な大映映画です。

東京大学ならば、引く手数多・・売り手市場ですが、
リクルートの創業者・・元社長さん・・江副さんも同じです。

私は、社長さんと言えども、好きなことをしながら、出世しちゃった人は
幸せだです。
私は、逆に、目的が出世の人・・たとえば、現在の東京電力の社長さん。

と・・言うように、なんでも良いのですが、対比・・比べる生活です。

2011年5月9日月曜日

私は、私自身が思い描いた夢を十年一昔と言い、すでに、実現してしまったので、自慢で言う訳ではありませんが、日本人の人生とは、就職とは、そして幸せとは何ぞや?と思うのです。

私は、そして、昔の西洋アメリカ白人ならば、食事ときに一家揃って、
神様に毎日、健康で暮らせることに、神様ほんとうにありがとう・・
とお祈りを捧げると思うのです。

私の場合は、親が近所の病院に入院の最中で、助け舟が「無」です。
私は、心細いが私自身で選択した道であり、物事は最初ならば、
ある種の発明であり、画期的なので、許されます。

・・が・・お茶の世界の千利休さんの句。二番煎じ、
二度目は、ダメで何の新鮮味もありません。

ですが、世の中は、不思議なもので、お稽古事が大流行です。

私が流石と思うお方は、天皇陛下から文化勲章を受章した
故中川一政さんが「他人から教えを受けることは意味がない」です。

私のサラリーマン時代は、夜明けと同時に「会社に行く」ことが義務であり、
他のことを考える余裕がありませんでした。
考える余裕が生まれるときは、会社が終わり、先輩社員からお酒をいただき、
アメリカの社会のことを聞いて、アメリカは~・・タレントの兼高かおるさんに
思いを重ねました。

さて、私の現実は?ですが・・御蔭様で、私は趣味の自動車が
ありますので、金銭を稼ぐことだけで、不安がありませんでした。

趣味があると良いことは、就職であっても、迷いがありません・・
私のアメリカ生活は他人の二番煎じであったので、ダメでした。
・・が、私の自動車の修理の楽しみの変化形は、私の一生の仕事になりました。

と、同じように、今朝の読売朝刊7面「七転八起」に
ソースネクスト社長・・松田 憲幸さん45歳・・の人生が書かれてあります。

違うことは、私が67歳で松田さんが45歳で若く、大阪府立大の工学部卒で、
頭がよいことだけです。

他は、私と同じで、好きなこと・・私は金庫の修理ですが、
松田さんは、パソコン一筋で座右の銘は、「勤勉は善」です・・と言う具合に、
私の現在は、人生をフィードバックで、温故知新を楽しむ、ことです。

2011年5月8日日曜日

私が親から受け継いだ金庫の修理屋稼業は、故植木等さんの歌の通りで、気楽な稼業でした。

金庫修理業は、案外に気楽な稼業です。
理由は、ある面がお医者さんとまったく同じです。

私の理由は、私の労働の相手が人間ではなく、
日本の教育制度の下で教育を受けた人間が製造した製品です。

だから、人間は、誰でも目玉は頭の顔部分の左右に二個と同じで、
金庫も扉は前面にあって、左右に引くと開くのです。

扉を開かないようにする方法は、アメリカ文化を踏襲したダイアルと
ヨーロッパ大陸のそれを同じくした錠前です。

なので、私は、金庫が開かないよ~・・開けてちょうだい~と
電話注文依頼があれば、ダイアルの組み合わせの数字・・
パソコンならば、パスワードを忘れた?のです。

あるいは、錠前ならば、鍵を紛失したのか?
パソコンならば、メールアドレスやURLが不明なのです。

私の労働は、盗賊とは大きく違い、作業途中に騒音を問題にしません。
作業時間も同じ・・金庫は、開扉不能で私が不幸な人を納得させて開扉すると
私の勝ちです・・私は、美川憲一さんの歌「お金をちょうだい」。

金庫は、金属製品です。
金属製品のすべては、私が芸術品を相手にしたのではなく、
日本工業規格・・JISを基準にした考え方で、製造されたのです。

金属の寸法は、ミリメートルやインチです。
現在なら国際規格のISOのイソ規格です。

日本人は、すべてが同一の文化で製造します。
お医者さんが相手にする病気と呼ぶ修理すべき日本人は、
赤ちゃんのころがお尻の部分の青い印鑑を押したような
蒙古判の黄色人種です。

私が目指した労働とお医者さんのそれは、程度の違いこそあるが、
一定のものを修理や治療したのです。
私は、日々毎日、お医者さんも同じですが、相手が同じで、絶対に同じ、
病気・・や・・故障修理が存在しませんでした。

私の労働は、チャップリンの映画「モダンタイムス」の主人公・・
工場労働者がベルトコンベアーに指示された方法ではなかったのです。

だから、私は、毎日の労働が楽しく、幸せと感じました。
労働が終われば、肉体的疲労だけです・・私の場合は、
大飯で腹いっぱいにして、お酒を呑んで、自動車のリクライニングを倒して、
一休みすれば、道路の混雑も解消です。

我が家一家は、幸せ、幸せでした。